自立支援システムの再構築について  

二つの絵に描いた餅?

 昨年9月、特別区助役会から検討下命が下され、以降、東京都を交えて検討会を幾度となく開催されてきた「路上生活者対策事業再構築検討会」は、その検討結果をまとめ、本年8月厚生部長会に提出し、了承された。
 これまで水面下で検討され、さまざまな憶測が行き交っていた「自立支援システムの再構築案」がようやく日の目を見る事となったのである。

 そもそも東京の自立支援システム自体がマスコミも含めて一般の方々には理解されていないのであるが、94年から枠組みが決まり、紆余曲折がありながらも都区共同事業として実施されて来た東京(厳密に言えば23区部)の路上生活者対策の根幹でもある事業体系の事である。
 路上の人々にも良く知られている緊急一時保護センターや自立支援センターに象徴される、と記せば分かる人には分かるであろうが、これら施設や巡回相談事業などの単体事業を、路上生活者の路上脱却と、安定した就労等での自立、そして地域での生活の復帰を最終目標とし、どのように組み合わせ実施していくのか、その総体が、自立支援システムとして称されている(これは公式見解ではなく、我々の理解であるが、自立支援システムと連絡会は長い長いつきあいなので、おそらくは間違ってはいまい)。
 と、云う訳なので単体事業を指しておらず、事業体系を指して使う言葉なので複雑と云えば複雑極まりなく、単に施設の数がどうしたこうしたの下世話な理解では理解不能なシステムとも言えよう。そもそも路上生活者は複合的な要因によって路上生活を余儀なくされる訳であるから、その施策も総合的な対策にしなければならないと張り切って総合的な施策に積み上げて来た経緯があるので、複雑だからどうにかしろと言われてもこれまたどうにもならないのである。

 それはさておき、この路上生活者対策の根幹に手をつけようとしているのが、今回の「再構築」問題であり、今後の路上生活者対策を占う意味でも重要な位置を持っている。
 
 まず、何故、この時期「再構築」なのかと言えば、率直に東京都はこう語っている。「効果的、効率性の観点から再構築が必要」「緊急一時保護センター・自立支援センターの設置・運営、地域生活移行支援事業、巡回相談事業等の年間総経費は、平成19年度予算ベースで約32億円となります」(「東京ホームレス白書㈼」より)
 てっとり早く言えば「より費用をかけず、より効果的な事業が出来ないだろうか?」と言う事であり、お得意のうがった見方をすれば、金目の問題が「再構築
」の動機なのである。
 32億の内訳は分からないが、この他に生活保護関連費とかもかかっているだろうし、要は都内4千名足らずの人々のためにここまでの税金を投入するのが良い事なのか否かと云う政治的な判断が、そのベースにはあったのであろう。
 行政は何もやっていないと良く言うマスコミの人々に伝えてあげたい数字であるが、32億が本当として、都民一人当たり年間250円程度は路上生活者対策に使っている計算であり、その力と、当事者の向上心があったからこそ、この問題は最悪の事態にはならずに、概数も着実に減らし続けられたのである。
 それ位の負担は当然だと、私たちのような立場の者は言うであろうが、税を預かる行政長レベルではそうも言っていられない。そんな訳で「再構築」話が出て来たようである。
 福祉施策にいくら掛けるかの割合を決める事は政治家のお仕事なのでこれ以上論じないが、事業費がある程度使えたこれまでの施策から、事業費を削ってより効果的な事業展開をしていくこれからの施策への転換が迫られた訳であり、民間や当事者の力をどれだけ引き出すのかと云う頭の使いようなのであるが、これは実は、行政の最も不得手とする部門なので、この「再構築」がどう転んで行くのかははっきり言って定かではない。

 今回報告されたものは、おおまかに言えば、現行の緊急一時保護センター、自立支援センターを統合し、更に地域生活移行支援事業のエッセンスを自立支援住宅としてそこに付け加えようとするかなり難工事が予想されそうな案である。
 しかし、検討すればするほど、現行のシステムの欠陥が目に入り、かと言って効率性の観点からばっさりと切る訳にもいかない問題も多々ありと、激しい苦慮の痕が伺える。
 「個々の対象者の状況や類型に応じた、複線的な支援策」「一貫的、継続的な支援体制の構築」「退所後に路上生活に戻さない仕組み」「路上生活者対策施設の居住水準、形態のありかた」「路上生活者の地域での住まいの確保の方策」「就労能力が不十分な者への仕事の確保策」「途中ステップの省略」「失敗しても何度でも再チャレンジできる仕組み」「女性・夫婦等のホームレスへの対応」「家賃補助制度の創設や生活保護の『住宅扶助単給』の可否についての検討」
 これら報告書の単語を拾っていけば、「これは、連絡会の要望書ですか?」と思われるような現行自立支援システムの総括のオンパレード。かつて提起した「路上からの提言」でも、確か同じような事が書かれてある(と思う)。結局、誰が総括してもそこに行き着くのであると云う内容。これはこれで検討した甲斐があったでしょう。とても評価できる事である。
 しかし、この総括と方向性の上に立つと最大のテーマでもある効率性がどう両立するのかと云う難問が次に降りかかって来る。この難問に対しては「5ヶ所の新設自立支援施設」(緊急一時保護センターと自立支援センターを統合した施設)と「厚生関係施設システム等との連携強化による運営コストの縮減」等が触れられているだけで、「各区持ち回り制」「箱物中心主義」など私たちから見ると最大の「非効率性」には触れられていない。「作っちゃ、壊し」の山谷対策時代からの因習はここらで打破しなければならないと考えるが、その事には触れず、今度は5ヶ所の新設自立支援施設を「作っちゃ、壊し」になるらしい。「恒久型箱物」への恐怖は特人厚関連施設で経験済みなのだろうが、一ヶ所ぐらい「恒久型箱物」を作り、そこを中心にし、就労支援関連に関しては民間宿泊所等を活用して自立支援を実施した方がよほど効率的であると思うのであるが。また、ソフト面での連携はもちろん必要はあるが、縦割りがお得意な行政にどこまで出来るのか。「再構築案」の目玉でもあろう、「厚生関連施設との連携」も戦後閉鎖的な気風の中で運営されて来た厚生関連施設が一朝に地域に開けるとも思えず、慢性的なキャパ不足の中(と、云うより特養ホーム不足、高齢者住宅不足の中で行き場のない保護者が滞留する構造を打破せずして回転率が早くなるとはとうてい思えない)でいつもの木阿弥になる可能性は高い。
 まあ、結局は行政の内部で既決する循環を描いているだけで、民間力を上手に使いこなせない限界が、ここにも現れている。
 
 総括はすばらしい、しかしそれを担保する計画性がない。辛口の採点ではあるが、今回の「再構築案」はまあ、こんなところであろう。

 とは云いながら今後、実際はこの方向性で動いて来る。良い面だけは大いに引き出し、少なくなるであろう対策費を可能な限り真水状態でどれだけ当事者の元に回せるのかが、鍵となる。こちらも知恵の使いどころである。

(笠井和明)