路上生活者対策に関する要望書

東京都福祉保健局 生活福祉部長
路上生活者対策事業運営協議会長 殿

 

新宿野宿労働者の生活・就労保障を求める連絡会議(新宿連絡会)
                              池袋野宿者連絡会

 

2012年4月24日

平素から路上生活者対策の推進にご尽力頂き感謝しております。

 周知の通り、我が国初のホームレス者を対象とした「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が、本年本法の定める10年の期限を迎え、法の失効を迎えようとしています。
 私たちは本法の5年の延長を求め全国の支援団体と歩調を合わせ、各政党、議員、各関係省庁への働きかけを行っておりますが、国会情勢の紛糾により、現地点においては、法延長の目処が立ったとは言いがたい状況となっています。

 そのような折、厚生労働省は、本年1月に実施した「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)」結果を発表し、ホームレス者の概数は9,576人と、初めて1万人を下回った事で対策の効果が上がっているとし、東京都福祉保健局もまた平成24年冬期の路上生活者概数を都内2,368名とし、都と23区が共同で路上生活者対策事業に取り組んできた事業の効果が寄与しているものとされています。
 実数ではなく概数である点、昼間に限定した調査方法のあり方、テント者を中心にカウントする目視調査に過ぎない点などから、この調査は実態とはかけ離れているとの指摘はこれまでさせて頂きましたが、把握の仕方の違いはあれ、路上生活者の実数がこの間、急激には増えてはおらず、また多様な施策が打ち出された事で、路上に至ったとしても、何らかの施策の効果で路上からは脱却できる人々も増え、結果的に概数、実数が減り続けているのは共通の認識だろうと考えます(ちなみに、1月の東京都概数調査が新宿区では187名のところ、私たちが年末年始に実施している夜間目視調査では474名と何と倍以上もかけ離れていますが‥)。

 数年前の「リーマン・ショック」を契機に雇用のあり方が大きく変動し、多くの失業者が排出され、また先の東日本大震災において東北の産業が大きな打撃を受けても尚、全国的に路上生活者者を増やさなかったのは、社会政策としてのホームレス対策の正しさを証明したと言えます。このような想定外の出来事が起こっても尚、対応できたのは未だ実数すら追求しようとしないホームレス対策の懐の深さに起因していたのだろうと考えられます。
 しかしながら、失職、または長期の失業が固定化される中で、多くの生活困窮者を生み出し、更にそれが地方などでは包摂されず、結果的にそれらの人々を都市に流入させてしまう社会環境は何ら改善されてはいません。このように困窮者を生み出す背景が大きくなり、社会保障の抜本的な改革が叫ばれている状況下で、これまで効果があるとされていた「ホームレス自立支援法」が失効し、自立支援法に基づく施策が廃止されるとすれば、現にホームレス状態の人々、そしてこれからホームレス化の危機にある予備軍の人々にとって、更に言えば大都市の在り方にとって、大きなマイナスの影響をもたらすことは火を見るより明らかです。
 
 これまで先駆的な取り組みをし、国の施策をも変えて来た東京都の立場からしても、今の状況は国会の問題だからと指をくわえている余裕はないと考えます。「ホームレス自立支援法」を失効させないためにも、法延長への取り組み、要望を行政の立場から発してもらいたく存じます。法を延長をさせると云う立場では私たちも共にたたかいます。法延長に向け、全力を賭して頂きたく要望致します。
 しかしながら、万が一「ホームレス自立支援法」が失効を迎えてしまったら、来年度以降の路上生活者対策事業に対する予算措置などの面で大幅な後退が予想されます。その場合にあっても、都区共同の体制を維持し、予算もまた独自に確保するなどの工夫をこらし、巡回相談、緊急宿泊、自立支援事業の総合的な基本事業を堅持し、大都市における路上生活者対策の牙城は死守して頂きたく存じます。

 国にあって、この法律の存続意味を理解できないのであれば、全国二番目のホームレス者を抱える自治体として、この都市問題解消への努力に向け果敢にチャレンジしていくことは、東京都の責務であると私たちは考えています。
 ホームレス対策とは、単に人数の増減で喜怒哀楽するような対策ではありません。その対象者は実数すら把握困難な流動した層となります。公園等で明確に可視化された人々が優先的に自立支援策の対象となり、この間、「地域生活移行支援事業」などの施策が集中投下されたのは当然と云えば当然の成り行きです。もちろん、まだやり残している課題はあり、路上の長期化の問題や、地域住民との軋轢の問題はありますが、長い目で見るならば、それらは公園管理者や地元区また、NPO団体等地域の民間団体などの地道な取り組みの中で解消に向かう事でしょう。おそらくこれがホームレス自立支援法下の10年間の大きな成果であっただろうと考えます。
 他方で可視化されにくい人々、たとえば夜間だけダンボールを敷き、駅ターミナルなどで生活を続けている人々、仕事がある時はサウナなどに泊まり、仕事がない時は野宿をするような人々、これらの人々への対策は、端についたばかりです。正確な捕捉すらされておらず、また積極的にしようともせず、総合的な施策を放棄し、しかもハローワークでのマンチング中心の「屋根なし施策」もしくは「現金貸付け施策」「場当たり的施策」を続けて来た結果が、生活保護制度への「その他世帯」の大量流入となり、生活保護制度の存続すら危ぶまれる事態へと至っています。
 近年大量に流入し、今もまた流入が続いている若年層失業者、困窮者の諸問題は、リーマン・ショックの直後ならともかく、あれから数年、それが常態化し長期化している今、失業対策、雇用問題からのアプローチだけでとうてい対処できる問題ではありません。即座に対応しなかったが故に困窮の度合いが長期化と共に複雑化していくのはバブル崩壊後のホームレス状況と同様であり、彼、彼女等の困窮化の進行を食い止めるためには、旧来の路上生活者対策と同手法の「屋根と仕事」に結びつく総合的な施策の実施が求められています。こちらの諸問題も「隠蔽」と「先送り」をするならば、ホームレス者と同様、生活保護制度への「その他世帯」の大量流入の根拠となります。
 ホームレス対策として現在立ち後れているのは、現に路上生活を余儀なくされた人々の内、駅ターミナルなどで居住する可視化されにくい人々への自立支援策の徹底と、路上生活には至っていないものの困窮の度合いを深めている若年層失業者への総合的な自立支援施策であります。

 つまりは、東京の路上生活者対策は可視化された「公園」をあまりにも限定として実施されて来た結果(もちろん、これは責められる問題ではないですが)、都市部への失業者、困窮者の新規流入の強力な予防線が張れず、別な形のホームレス問題が熟成してしまったとも言えます。

 何が言いたいのかと言えば、東京における路上生活者対策、またはホームレス対策の歴史的位置は、その総仕上げの段階に来ていると言う事であり、そのためには、旧来の可視化された人々中心の施策からの転換、可視化されない人々をも包摂した施策の豊富化が求められていると言う事です(そのためにこそ、私たちは「ホームレス自立支援法」の5年延長を求めている訳です)。

 新宿駅など都内のターミナル駅には終電が終われば多くの路上生活を余儀なくされた人々が集まります。そこでしか会えない人も数多くいます。しかしながら、そこが「きっかけ」にはなっていません。何故なら、そこを訪れるのは警官か、ガードマンしかおらず、「巡回相談員」はその時間はぐっすりと寝ているからです。自称支援団体もこの間、雨後のタケノコのように増えていますが、私たち以外はそんな所には興味を持っていないようです。
 私たちは自立支援事業を評価し、この事業への参画を長年呼びかけてきました。もちろんその対象者はこれら可視化されない人々が中心であり、たった一枚のチラシ、たった一言のよびかけで仕事を見つけ、自立を果たした仲間も大勢います。しかしながら、今や自立支援事業は、路上とは別の情報源から若年失業層が集中してしまう施設になりつつあります。まあ、それでも仕方がないと言うのであれば、自立支援事業を部分的に拡充し、本来の路上生活者の方々がいつでも入れるような施設に改善していく必要があるでしょう。しかしながら今の現状では、これらの施策からも取り残される人々が確実に累積していくのは間違いがないでしょう。
 可視化されない人々が累積していくと言う事は、いずれ可視化されてしまうと言う事で、また10年の苦労を余儀なくされる「繰り返し」と言う事となります。
 多くの予算と人材を投入し、ようやくここまで来たと言うのに、ちょっとした判断ミスで元の木阿弥になるなんてのは、良くある話ですが、こと路上生活者対策においてはそのような事がないよう願いたいものです。

 では、東京の路上生活者対策の総仕上げのためには何が必要なのでしょうか?
 それは私たちがこの間、提言をし続けてきましたが、簡潔に言えば、駅ターミナルや繁華街を中心にした巡回相談の24時間化など捕捉体制の整備、シェルターへとそのまま入れるような権限の譲渡、そして、シェルターでのアセスメント機能強化と、自立支援事業の多様化、これら駅中心の総合的支援の強化による、可視化されないホームレスに自立支援策を集中投下し、結果的に可視化を予防する事であります。 今後5年を駅ターミナル、繁華街を中心としたこれら自立支援施策の集中投下期間とし、国の支援法の失効後には都条例などで、最低限の仕組みを常態化し、それを東京スタイルとしての都市機能として恒久化することで、路上生活を余儀なくされずに済む都市へと発展させていくことです。

 もちろん、国に対しては、ホームレス対策、ホームレス予防施策に予算をつけること、また可能であれば根拠法の制定、及び都市への失業者流入を予防すべく、地方経済の活性化、 景気動向に即した雇用対策の実施、また生活保護法を問題の隠蔽に使うのではなく、そこから社会への再参画が可能なよう改正していく事なども常に要望し続けることもまた必要でしょう。

 私たちは路上生活を余儀なくされている仲間が一日でも早く路上から脱却でき、普通の暮らしに戻れるよう、様々な角度からの施策の重要性を訴えて来、また行政だけに頼るのではなく、民間の力で様々な実験もしてきました。もちろん、それが第一義的な私たちの課題ですが、この問題はそれに留まらず、東京と云う大都市の都市機能として、都民や地方からの失業者や困窮者、ドロップアウトした人々をどのように受け止め、どのように社会に再参画させていくのかと云う都政上の大きな問題としてもあります。
 マスコミベースの扇情的、意図的な問題提起に惑わされず、冷静な探求と信念をもって、この問題に当たるよう最後に強く求めます。

 尚、必要とあらば、今後の路上生活対策の企画案はいくらでも提案可能ですので、気軽にお声をかけて頂ければと存じます。

 
                              

                                                              以上